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■所詮無理な恋でした

だいたい
「パリ近郊の城」 といったらセーヌ河に沿って建てられたものが多いのです。
船で移動するにも、物資を運ぶにも便利だったからにほかなりません。
でも、そればかりじゃない。
このセーヌの河沿いには、なんと静かで美しい景色が見られるのでしょう。
パリから、セーヌ河を六十キロほど溯 れば、
「ムーラン」
という中州の街があります。
そこはパリのシテ島と同じように、古代ローマよりもっと古いといいますから、気の遠くなりそうな昔から交通の要衝だった所。
ムーランを抜けて、さらにセーヌを上れば、右手は広大な森になります。
これが、フォンテーヌ・ブローの森なのです。
美しい森の中には、十二世紀より前、というと「鎌倉以前」から城が建てられ、宮廷が巡幸して来たのでした。
十五世紀も暮れてくると、古代ギリシャ・ローマ様式を見習い、模倣しようとする動きが大いに流行り、「ルネッサンス」といいますが、ちょうど明治日本の「文明開化」みたいなものでしょうか、あれがいい、となると競って取り入れます。中世のフォンテーヌ・ブロー城もトップ・モードで大増築、改築されまして、ええ、まるでお伽の城みたいに華麗になったのでした。
その後も代々普請が重ねられましたが、この城をとりわけ好んだ王さまの内に、アンリ四世がおりました。
その日は、寒い冬が過ぎ、あたりは新緑でいっぱい。復活祭が間近に迫っていたのでした。
「復活祭」と云えば、これはイエスが十字架に掛けられ、三日後に復活したことを祝うキリスト教の祭りですから、主の受難をしのび、ええ、普段は不信心な者もこの時ばかりは罪を悔いて心を清めねばなりません。
十六世紀最後の復活祭を控えた四月五日の月曜日、アンリ四世は最愛の寵姫ガブリエル御寮に付き添って、フォンテーヌ・ブローを出発しました。
ガブリエル姫は三頭のロバが曳く黒いビロード張り寝台車でゆるゆると、そう、四人目の子を宿して七、八ヶ月だったからです。
アンリは騎馬で・・・しかしうなだれて、何と元気のない様子でしょう。
『陛下、この時ばかりは不義を戒め、精進なさらねばなりませぬ』
じつは、専任の聴罪僧や重臣たちが、口を揃えて諫言したのでした。
そう、アンリには王妃がいたし、ガブリエル姫にも戸籍上の夫がいたからです。
それゆえ、この復活祭には別れわかれでミサに参列せねばならない。ガブリエル姫は泣くなくパリに赴いて行く。アンリはそれを途中まで送っていくのでした。
ゆるりと進んで、その晩はムーランで夕食を共にし、別れの夜を過ごしたのは何という邑でしたか、そう、たしか波止場に近いサヴィニーとかいいました。
ガブリエル姫は恐れおののき、死の予感にとりつかれて煩悶したのでした。
『不吉でございます』
占い師が予言していたからです。
『御腹の御子がお 志を挫くでありましょう』
『御婚儀は、生涯一度しかなりませぬ』
翌六日火曜日、セーヌにそってパリに出帆する御寮を、アンリは波止場まで送っていきました。
「姫、何を取り乱しておる。復活祭がすんだら婚礼じゃぞ」
「お願いでございます、殿。今生のお別れでございます、殿、とのーーッ!・・・」
必死ですがるガブリエルさんの悲痛な叫びは、静けさの中に響きわたり、いつもなら青空のように澄みきっている大きな瞳も涙で一杯です・・・・・
バチ、パチ、パチ、パチ・・・
十一月の木枯らしが陣幕をバタバタ揺すって、かがり火が赤々燃えています。
時は、かれこれ九年も前のこと。
その頃、「宗教戦争」と呼ばれた凄惨な争いが、世の中をすっかり変えてしまいました。
「ヴァロア」と呼ばれた王家の後継ぎたちは死に絶え、代わってブルボン家のアンリ四世が王位に就いたのです。アンリは先王の妹君マルグリート(人呼んでマルゴー)と結婚させられていたが、全く折り合わず、二十三年嫡子無し。ずっと別居状態で互いに愛人をつくって相互無視、不干渉というあり様だったのでした。
アンリは王位に就いたとはいえ、改革派の首領でしたから、旧教勢力が圧倒的に占めるパリは徹底抗戦。これを降ろすため、パリから七十キロほど北方のコンピエーニュの森に布陣したアンリとその側近たちは、
グイ、グイ、グイ、グイ・・・
出来たての新鮮なワインを味見中なのでした(ボジョレじゃなくたって、この時期おいしい走りのワインがたくさん出回ります)。
「ウム 、なかなかじゃ、今年のワインは・・・」
アンリは顔中のスジを緩めてニコニコし、いつもの武辺談にふけって手柄を自慢して、
「ところで、どうじゃ。此度のモンマルトルの陣では、わしの戦果が一番じゃ。かのクロード尼ほどの手弱女は、そちたちも見たことがあるまい」
その「クロード尼」とは、モンマルトル尼僧院の長でした。
アンリがパリの北方、モンマルトルの丘に本陣をおき、一万二千の軍勢をもってカトリック派が抵抗するパリを攻略した時のこと。戦禍に脅かされた尼僧院を救うため、美しい十八歳のクロード院長が嘆願に訪れた。飛んで火に入る何とやら・・・アンリが彼女をそのまま帰すはずはありません。
ところが、
「いやいや、殿、恐れながら申し上げまする」
これを聞き捨てならぬは、お側衆のうちでもピカ一の馬寮長官ベルガルド。
「いかに百戦練磨の殿といえど、それがしの許嫁ほどの女子は一人も御存じありますまい」
と、ついつい口をすべらして、
(しまった)
と思った時は、もう遅かった。
「さらば、さっそく会わせてもらおうか」
その「許嫁」というガブリエル姫は、雪のような白肌に透き通るようなブルーの瞳、輝くブロンドにポチャポチャの十七歳。
一瞥したアンリは、クラクラっと電撃に打たれたように痺れてしまい、もうたまりません。
だが、ベルガルド長官の方がアンリより十も若く、エレガントで、若いギャルたちの注目のまと。アンリはといえば、いつも埃と汗にまみれ、ニンニクやら馬やらの悪臭放ち、身だしなみにも無頓着。これでは比べものになるわけない。
ところが、それで指を食わえて引っ込んでるアンリじゃありません。
百姓に変装し、二、三の供だけ従えて、敵兵のうろつく地域を通り抜け、ガブリエル姫に会いに行く。
「申うしッ、頼もう!」
農夫のボロ服まとって、木靴をはいて、ワラ袋かついだ汚らしい男がヌーッと顔出したと思ったら、パチパチッとウインクして、それがお殿さまだったからびっくり仰天。慌てたガブリエルさんは、すげなく追いかえしてしまったのでした。
だが、棚からボタ餅が降って来たのを、手をこまぬいて見ている親族たちではありません。
一族、一門の権益のため、寄ってたかってガブリエルさんを説得したのでした。
じつはこの時期、作戦上アンリが攻撃しなければならなかったのは、ノルマンディーの首都ルアーンでした。同盟国イギリスが援軍を送り、砦の守備も手薄だったのですから。
しかし、それを放ったらかして、シャルトルを取り戻すため攻囲にかかった。 シャルトルはガブリエルさんの叔父の領地であったが、カトリック派に占領されていたからなのでした。 とにかく心にかなった女のためなら、重要な作戦を勝手にかえて意に介さず。援助を約していたエリザベス(一世)女王が激怒したって知らん顔。
そう云えば、武田信玄にも確かそんなことがありましたなぁ。昔はそんなことでは有無を言わせぬ英雄がいたものです。
ところがそればかりじゃない、この王さまは。
心を寄せ合う恋人同士の仲を決定的に引き裂いてやろう、というわけで、ガブリエルさんは、不能であるという評判のある落ちぶれ貴族と偽装結婚させられたのでした。
何とまあ、念のいったこと。
しかし、ガブリエルさんもしたたか者、
「殿は陣中に釘づけ。案ずることはありませぬ」
ってな風に、心に叶った人と折をみては逢引する。
そんなある日、
「お、奥方さまーッ!」
侍女が血相変えて、
「お、お殿さまのお成りでござりますーッ」
ガブリエルさんは、さあ大変。
「ベルガルド様、こちらの納戸へ、さっ、お早く」
何も知らずにベッドで一戦終えたアンリは、腹がすき、
「そうじゃ、果実煮が食べたい。うまい果実煮が納戸にあったのう」
「そ、それは成りませぬ・・・な、納戸の鍵があきませぬ」
(ハテ? これは異なこと・・・)
研ぎ澄まされたアンリの鋭い感は、ゴマ化されません。
「それでは開けてみようぞ」
ドンドンドン、ガンガンガン・・・
仰天したベルガルド長官は、二階の納戸の窓からイチ、ニー、サン・・・
事なきを得たのは、着地した土が柔らかかったからにほかなりません。
また別の折、アンリの足音がもうそこに聞こえてきた。
間一髪、ベッドの下に潜り込んで息をひそめた。
ベッドが軋み、頭上で主君が大奮闘しています。
一戦おわってアンリは腹がすき、果実煮を食べていると、
グルグルグル・・・
どこかで別の腹が鳴った。
「ハテ?・・・ウム、やはり、さようであったか」
アンリは果実煮を一皿盛ってベッドの下に差し出し、
「そちも食うがよい。人は分かち合わねばならぬのじゃ」
アンリは、ガックリ落胆して帰っていきました。
長いながいラヴ・レターを書き、せつない気持ちをコンコンと訴えた。さすがにガブリエルさんはこたえたのでしょう。以後、浮気をすることはなくなりました。
そんな事があって十月ほども過ぎたでしょうか、文祿三年(一五九四)六月、幼子が生まれました。
「おッ、似ておる、似ておる。これはよい子じゃ、セザールと名づけよう」
「みなの者、よく見るがよい。わしの子じゃ!」
しかしアンリが、これ見よがしにひけらかすほど、
「おい、おぬしはどう見る。あの御子はどなたに似ておわす?」
どっちにしたって、人妻が生んだ不義密通の子なんですが・・・
さて、さて、側室の身分はつらいもの。
王の寵愛が深ければふかいほど、宮廷人たちは嫉妬を深め、貧民たちは憎悪をかきたてます。(つづく)

KUROSAWA Osamu
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