TOPページ  >>  フランスの地方・豊かなる大地へ  >>  サン・シルク・ラポピー


■“サン・シルク・ラポピー” フランスの遺産、美しい村を訪ねて・ペリゴール、ケルシー地方

  フランスの南西地方は何万年も昔から人間が住みついた所でヨーロッパで最も古い地域です。
  ラスコーの洞窟壁画、パデイラック鍾乳洞、ネアンデルタール、クロマリオンの住居跡など先史時代の遺跡が多く残されています。
  中世時代にはアリエノール・ダキテーヌを生んだ名家アキテーヌ公爵家の領地として栄えました。そしてその頃、巡礼が栄え多くのロマネスク教会が建設されていきました。   美しい村が多いペリゴール、ケルシー地方は石灰質の渓谷をぬって流れる川沿いに中世の村や町、 崖の上に造られた城、洞窟やロマネスク教会など私たちを魅了します。今回は<<フランスで一番美しい村>>の一つに指定されている サン・シルク・ラポピーを紹介しましょう。

  ロット川を守るために有利な地形のサン・シルク・ラポピーにはガロ・ローマ時代から人間が住んでいた形跡があります。
  崖の上にあった城砦は13世紀の領主ラポピー家によって建てられたものですが15世紀にルイ11世の命令で一部壊され16世紀末にアンリ・ド・ナヴァールによって完全に破壊されました。
  フランス革命後、フランスに起こる産業革命の波もここまでは届かずすっかり取り残されてしまい村には電気も水道も中々届きませんでした。
  20世紀に入りアンドレ・ブルトン、アンリ・マルタンなどのシュルレアリズムの芸術家がこの村を発見し<村おこし>がはじまりました。ラスコー洞窟の壁画を見学した日本人画家・藤田嗣治もここを訪れています。



  カオールの町を出発してロット川ぞいに車を進めていくと石灰質の岩をくり貫いて造られた小さなトンネルをいくつも通り抜けます。
  しばらくすると右の崖の上に目をひく集落が見えてきました。
  ロット川にかかる小さな橋をわたり、曲がりくねった道を登っていくと目の前に魅力的な村が姿を表わし、その美しさに思わず言葉を忘れてしまうほどです。感動しながらペリサリア門の近くで車を降り細い坂道を村の中心に向かって登っていくと両側にはケルシー産の石で造られた古い家が続いていきます。
  ここには現在でも13世紀、14世紀のゴシック様式の家や15世紀、16世紀に建てられた木組みの家が残されています。
サン・シルク・ラポピーは百年戦争後、ルイ11世時代から木工職人たちが活躍し村が繁栄しました。



  20世紀、アンドレ・ブルトンらの村おこしによって復興したこの村は新たに復活した木工職人のアトリエ、アクセサリー店、ブテツク、レストランなどが軒を並べ、少なくとも夏だけは活気のある村へと変わりました。
  村の中心であるソンブラル広場から破壊されてしまった城砦跡のある崖の上に登ってみるとサン・シルク・ラポピーの村の家々、ロット川の流れ、そしてケルシーの自然が一望できます。
  上から真下のロット川を覗くと城の下にある崖が自然要塞の役目をしていたのがよくわかります。この辺りはかつてフランス軍とイギリス軍が激しく戦った所なのです。フランスに常に忠実だったサン・シルク・ラポピーの領主はこの崖の上にあった城からロット川をつたってはいってくる敵に睨みをきかしていたのでしょう。
  遠い昔に思いを馳せながら広場に降りていくと一人の おばあさんに声をかけられました。若い頃はきっと 美人だっただろうと思わせるような細面の顔をした おばあさんはソンブラル広場に面した大きな家に住んでいるという。「息子が一人いるけど遠くに住ん でいるのよ、なかなか会いにきてくれないし、、、、でもね、孫がもうすぐ帰ってきてこの家でパン屋を開く予定なの」と、とても嬉しそうに話していました。
  一人で生活しているおばあさんは話相手がほしいか 私の手を握ったまま放してくれず、お茶に招待してく れましたが残念ながら時間がなくてご一緒できませんでした。おばあさんは一人さみしく門を開けて家に入っていきました。   次回、私がこの村を訪れる時はソンブラル広場にパン屋ができているでしょうか。


宮永 佳子
>>プロフィール








本サイトはフランス日本語ガイド通訳協会(AGIJ)の公式サイトです。
紹介頂く分にはリンクフリーですが、個々の記事、写真等の無断転載はお断りします。