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■ピレネー山麓・奇跡の町、聖都ルルド

 19世紀半ば過ぎ文盲極貧の乙女が自分の生まれた小さな町(当時4000人)を聖都にすると言う奇跡がフランスで起きました。少女の名前はベルナデット・スビルー(Marie-Bernarde Soubirou通称Bernadette写真1)、町の名はルルド(Lourdes)と言います。
 現在、この町を訪れますとまず狭い通りにホテルが林立しているのに驚かされます。現在人口1万5千の小さな町が首都パリに次いで訪問者たちを宿泊させるキャパシティーを持っているのです。しかも訪れる人たちは殆どカトリック信者で、フランスおよび世界各地から巡礼に来ます。
 ベルナデットはピレネー山脈の麓にある町に生まれました。父は水車小屋を営んでいましたが寛容すぎる経営と工業化していく時代の流れについて行けず破産します。スビルー家は極貧の状態に追いやられます。移り住んだ家では家賃も払えなくなり、昔、牢獄に使われ<人間の住むところではない>建物で生活することを余儀なくされます。湿気が多く不衛生な建物の一部屋に一家6人が暮らしていたのです。しかもベルナデットは喘息持ちで貧弱な子供でした。
 

写真1
 
 この様な極貧生活を少しでも救うために真冬の2月、彼女は妹や友達とマサビエル(Masabielle古い岩;オクシタン語)の山によく薪を拾いに行っていました。ある日、水車用水路の前で、喘息持ちゆえに渡るのをためらっていたベルナデットは突然、さわやかな風を感じました。風らしいものは吹いていないのにと不思議に思い岩山を見上げると岩壁の空洞に<夫人の形をした白いもの>を見たのです(写真2)。そして出現した<白いもの>はベルナデットだけに話しかけ、またその姿はベルナデットにしか見えず、その声はベルナデットにしか聞こえなかったのです。以後、7月半ばに至るまで18回も少女は呼ばれるようにマサビエルに赴き白いマダムと会話をします。
 噂は噂を呼び多くの人達がこの不思議な現象をベルナデットと共に体感しようとやって来ます。ベルナデットの不可思議な言動は人々の宗教的感性を揺さぶり信仰の大きなムーブメントを創生し政治的弾圧や宗教界の懐疑をはねのけて行きます。やがて、岩山には聖堂が造られ、聖堂は時代を重ねるごとに大きくなり現在に至っています。
 

写真2
 
 小さな町だったルルドは今やフランス最大の巡礼都市となり、8月15日、聖母マリア被昇天の祭日を中心に復活祭(春)から万聖者節(秋)にかけて全世界から500万人に及ぶ信者たちが連日巡礼に来るようになりました(写真3)。毎晩、21時からはこれらの信者たちによる聖体行進が催されます。信者たちは、聖堂前の広場を参加国のそれぞれの言葉によるアヴェマリア聖歌と祈りに合わせてロウソクの灯を手に聖体行進をするのです。
 ルルドを流れるガーヴ川の向こうにはピレネーの山々が拡がっています。この地方は牛、羊の放牧や原産黒豚の畜産が盛んでチーズ、ハム、ソーセージ、サラミなどが美味しい所です。ホテルレストランではまず野菜スープが出されます。パンをちぎってスープに入れて味わって下さい。味わうごとにお腹は満たされて行きスビルー家や19世紀の巡礼者たちの食事する姿が蘇って来る事でしょう。
 観光客ではない人たちが500万人も訪れる聖都ルルドは一度は訪れてみたい奇跡の町なのです。
 

写真3
 
パリ・ガイド通訳協会HP文化部
 



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